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zoom RSS あの世で我が子が生きている

<<   作成日時 : 2011/04/30 15:05   >>

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第250回2011年4月30日
 はい、こんにちは。
 人は誰しも生まれた時から、この世を去ることが決められています。
 しかし、あの世があり、転生輪廻を繰り返しているという事実を知ったとき、死は永遠の別れではなくなるのです。今回は、子供の死を通じて、永遠の生命を確信していった、ある女性が実体験した手記をご紹介しましょう。

1.お子さんをどうされますか?
 大樹へ
 あなたが私たちの子として生まれたのは17年前のことでした。
 そのころ、私とお父さんは、とても夫婦仲が悪い状態でした。しょっちゅうケンカばかりしていました。
 自衛隊に勤務していて、若いころはずっと船に乗って家を空けていたお父さん。
 陸上勤務になってからも、帰ってきたなと思ったら、すぐに家を飛び出してしまい、家にいるということがありませんでした。
 三人の娘を抱えていた私は、いつも不満ばかりでした。
(もっと、家族と一緒にいて、家のこともしてくれたらいいのに・・・。)

 そんなころ、私は妊娠しました。
 三女を生んでから7年。待望の男の子です。私もお父さんも、娘たちも、どれほどあなたの誕生をよろこんだでしょう。
 予定日から二カ月以上も早く、私は出産の日を迎えました。
 微弱陣痛のため、薬を使ってやっと生まれてきたあなたの泣き声は、まるで猫の鳴き声のようだったと覚えています。
 上の3人の娘とは違って、あなたとはなぜかすぐに会わせてはもらえませんでした。そして、あなたは別の病院に入院してしまったのです。
 その事実を私が聞かされたのは、何日もたってからのことです。
 お父さんが医者に呼ばれ、こう言われたそうです。
「お子さんには奇形があります。おそらく長くは生きられないでしょう。この子をどうされますか?」
「どうされるとは・・・・? もちろん、育てます!」
 お父さんは力強く、そう答えたそうです。
 私があなたと初めて会えたのは、生後半月もたったころでした。
 集中治療室に入っていたあなたを、ガラス窓の外から、覗いてみました。
 下半身にタオルをくるまれていたので、奇形だということは、分かりません。あなたは、すやすやと眠っていました。
「かわいいやん」
 私が言ったひとことに、お父さんはすごくホッとしたそうです。

2.障害の子を育てる覚悟 
 私たちは、大きな樹のようにすこやかに育ってほしいという願いを込めて、あなたに大樹と名前を付けました。
 あなたの片方の足は曲がっていました。手の指も、硬くて曲がらない状態でした。
 でも、私たちを見つめてキラキラ光る黒目がちの瞳も、私の手を握り返してくる小さな手も、すべてが愛しく、余計に涙がこぼれてきました。
(どうして、大樹はこんなことに? 子供は五体満足で生まれるものだって、なんの疑いもなく信じていたのに・・・・・)
 そんなある日、同じ病室の方とお話しました。
 その方は、「私の子供は、今年4歳になります。生まれてから一度も病院から出られなくて・・・・・」
 その子も重い病気を持っていました。見回してみると、他にも病院内には、大きな病気を抱えた子供たちが何人もいました。
 病院に入るまでは、そんな子供たちのことを考えたこともなかった私です。
(私だけじゃない。もっと大変な人はたくさんいるんだ。泣いてばかりいたってしょうがない。もっと前向きに生きなきゃ!)
 弱気な心を励ましながら、もう、決して泣くまいと、誓いました。
 そのとき、ようやく私は、あなたを育てる覚悟ができたのだと思います。

3.離れた心を一つに
 生後一カ月で、あなたはようやく集中治療室を出て、自宅に帰ってきました。
 お姉ちゃんたちの中でも一番の仲良しは、二女の香菜でした。
 「私がだっこする!」あなたを中心に、娘たちが笑い合っています。その様子を見て、お父さんも私も顔を合わせて笑顔になりました。
 離れていた家族の心が、あなたのおかげで一つになれた気がしました。
 しかし、それから間もなくのことです。大樹のお腹の横に、ぽっこりとした出っ張りが見つかり、私は急いで病院に連れて行きました。
 レントゲンを撮った医師が言いました。
 「脱腸ですね。それより、肺の中が真っ白です。すぐに入院して下さい」
 それ以来、大樹はずっと病院で過ごすことになりました。

4.小さな体で闘う大樹
 入院してからも、あなたは小さな体で病気と闘い続けました。
 私は3人の子育てがあるので、大阪に住む私の母が、ずっと病院に泊まり込んで、あなたの付き添いをしてくれました。母は介護の仕事をしていたので、率先して引き受けてくれたのです。本当にありがたかったです。そして土日は、私とお父さんが交代で、あなたに付き添いました。
 お父さんは、仕事が終わると毎日病院にやってきて、あなたの足や手をさすっていました。「足がよくなりますように。手がよくなりますように」
 そう言いながら、あなたに話しかけていました。私はそんなお父さんの様子を見て、見直しました。不仲だった私たち夫婦の心が、あなたのお陰で、だんだんと元に戻っていったのです。
 あなたの呼吸が止まり、命の危険にさらされたことも9回ありました。しかし、そのたびに、私たちの祈りが通じ、あなたは生き返ってくれました。
 しかし、入院して7カ月になろうとしたころ、もう、あなたは自力で呼吸をすることができなくなっていました。
 「人口呼吸器を付けますが、お子さんがまだ小さいので、肺がつぶれる可能性があります」
 医師の言葉に、あなたの痛みを思うと、苦しくて私の胸もつぶれそうになりましたが、口からは「お願いします」と、言葉が出ていました。
 (もう、長くはないのか・・・・)
 私もお父さんも、そう思いました。でも、一縷の望みにかけたのです。

5.頑張り通した10カ月の命
 その後、あなたは人口呼吸器を付けたあとも45日間、生き続けました。
 この45日は、私たちが心の準備をするために与えられたのだと思います。
 (大樹は一生懸命生きようと頑張っている。でも、生き延びても、大樹の苦しみが長くなるだけなのかもしれない。ひょっとしたら、大樹は、私たちのために、頑張っているのかも・・・・・)
 そう思うと、この世にあまり引き留めるよりは、あの世にお返しして、また健全な体で生まれ変わることを望んだほうがいいのかもしれない。
 私もお父さんも、だんだんと、そういう覚悟を固めていきました。それはつらく、悲しい時間でしたが、生の意味、死の意味を、心底考える時間でもありました。
 最後の日、医師が告げました。
 「この心電図の波形を見ていてください。止まったら、教えて下さい」
 主人と医師の言葉を聞きながらも、私は心電図を正視することができなくなっていました。
 「大樹、もう、いい・・・・・よ。ありがとう。よく頑張ったね」
 私の口からその言葉を聞いた大樹は、安心したように、静かに息を引き取りました。
 お父さんも私も、人目をはばからず号泣しました。
 (大樹は、私たちの心の準備ができるのを、ずっと待っていてくれたんだね。ありがとう。よく頑張ったね・・・・・)
 そのとき、不思議な光景を目にしました。
 亡くなった大樹の足が、まっすぐになり、固まっていた手の指も、曲がるようになっていたのです。
 (ああ・・・、あなたはもう、不自由な肉体を抜け出して、自由自在になったのね。もう、苦しむことはないんだね・・・・・)
 涙に暮れながらも、新たな希望の灯がともったようでした。

6.大樹、ありがとう
 告別式には、大勢の人が集まってくれました。棺には、あの世で天使たちに導いていただけますようにと、『正心法語』と『正心宝』を入れてあげました。
 私の仲間たちが、あなたのために、みんなで『正心法語』を唱えてくれました。
 「大樹、よかったね・・・・。私たちの子供として生まれてきてくれて、ありがとう・・・・・」
 みんなに送られて、あなたの小さな命はあの世に還っていきました。

 私たちは、あなたにいろいろなことを教えてもらいました。あなたの闘病と死を通じて、私はエル・カンターレの教えを真剣に学ぼうと思うようになりました。
 それは、あなたの10カ月という短い命の「意味」を考えたかったからです。
 もし、エル・カンターレの教えに触れなかったら、私はずっと悲しみに暮れていたでしょう。
 でも、私は信じることができました。
「人は、死んでも、あの世で生きている。そしてこの世に生まれ変わってくる」
「障害を持って生まれてくるのも、その人の人生の計画であり、人生は一冊の問題集である」
「この世に生れてくることは、とても危険を伴うけれど、あえて勇気を持って生まれてくる。だから、その命を大切にしなければならない」
「愛する人とこの世で別れることは、避けられない宿命だけれども、あの世できっとまた会える」
 こういった「霊的人生観」を知り、信じることで、どれだけ私たちは救われたことでしょうか。
 あなたの短い人生にも、きっと大きな意味があったのだと思います。
 その証拠に、私たち家族は、あなたのおかげで、エル・カンターレ信仰を持てて、一つになることができたのですから。
 三人のお姉ちゃんたちも、身近なきょうだいの死を経験して、命の大切さや、あの世があることを、率直に信じるようになりました。
 大樹、ほんとうに、ありがとう。
 あの世で、天使たちに育てられ、きっとすくすくと成長しているよね。あなたと会える日が、本当に楽しみです。

7.この世とあの世を旅する

 エル・カンターレは教えてくれました。

 本来の世界は、
 あの世の世界であり、
 この世には、
 海外旅行のように、
 一時期、来ているだけなのだ。
 赤ちゃんとして生まれて、
 人生修業をし、
 いろいろな人と出会い、
 さまざまな経験をしながら、
 新しい人生を築き、
 新しい個性を身につけて、
 あの世に還る。
 そういう修業をするために、
 この世に来ているのだということです。

 「自分は天使(あるいは菩薩)だから、この世において、一切、苦労はなく、何の困難を感じることはない。思ったことは、全部、かなうばかりであり、『百事如意』であって、成功だけしか起きない」ということはありません。
 誰であろうと、「いろいろな試練を受けながら、そのなかで魂が鍛えられ、磨かれ、強くなっていく」というのが、本当の姿です。


<ヒデさんあとがき>
 人間には色々な人生があります。生まれてきたのだけれど、赤ちゃんのうちにすぐに還ってしまう人がいます。しかし、この場合には目的があります。早い転生輪廻を経験する必要があった人です。生まれてくる前に、自分で敢えてそのような環境を望んだのです。
 また、何気なく大人になるまで過ごしていたのですが、ある日突然、一機に大津波に巻き込まれて死んでしまう人達もおります。真にお気の毒なのですが、東北の大津波に見舞われて亡くなった方々がたくさんおられます。そのような悲惨な所には、ある種の地獄が展開されています。多くの人々が一機に流され、そこには阿鼻叫喚の地獄(霊界)ができています。今、霊界は「てんやわんや」の状態にあります。天使たちは、その地獄からなんとか救いだそうと必死です。しかし、多くの人々は、生前に信仰心が無かったために、聞く耳を持ちません。死んでからも、あの世で大津波に流された状態がいまだに展開されていて、まだ大騒ぎが続いています。
 大津波で死んだ人達の中には、二種類の人達がいます。
 圧倒的に大多数なのは、阿鼻叫喚地獄で苦しんでいる人達です。もう一種類の人とは、ほんの少数ではありますが、霊界での大混乱が分かっていたために、早く戻された人達です。いわゆる助ける側の天使です。助けに回る人達です。自分も巻き込まれた状態ではあるのですが、生前、信仰心が厚く、口には出さないが、この世とあの世の成り立ちが分かっていた方々です。
 なんとも、霊界とは不思議な世界ではあるのですが、このようなこともあるのです。
 いかに、「霊的人生観」を知り、信じ、生きていくことが大事であるということが、少しでもご理解いただけましたでしょうか。

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